今思うこと
子供の頃、家にあった中国の諺の本の中に
人生万事塞翁が馬
という話しがあった
幸せなことが不幸なことに、
不幸だと思ったことが幸いに転じたりするのが人生だ
というような話だったが、それが子供心に強く残った
今回、自身が骨折し、すぐに回復すると思った足は
思ったようには動かなかった
その間、後遺症という言葉が脳裏をよぎり、
それを振り払う日々が1、2ヶ月と続いた
その間に夫は入院生活に入り、1ヶ月以上して退院してきた今、
そこに標準を合わせていたかのようにわたしの足は痛みなく動き始めた
もし、私が骨折せず今の生活を送っていたら?
もっともっと苦しかったに違いない
でも自身が動けない、痛いの生活を経た今、
歩ける喜び、動ける幸せを噛み締めて夫の世話をすることができている
自分の心が守られた、と感じている
そう感じる自分が薄情だ、とも感じて後ろめたい気持ちがふっとよぎるけれど
夫が、
お母さん(わたし)が明るくなって嬉しいって言ってくれるその言葉に救われる
これは、人生万事塞翁が馬、とは少し違うとは思うけれど、
幸せのハードルがまた一つ低くなったことは間違いなくて、
人生後半は、こんな感じで下っていくのだと思うけれど、
全然残念ではないのです
コーヒー淹れたり
家計簿つけたり
ねこ見て笑う幸せ